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東京高等裁判所 昭和61年(う)639号 判決

被告人 新井幹生

昭八・七・二五生 無職

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中六〇日を原判決の本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人篠塚力及び被告人が提出した各控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官氏家弘美が提出した答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  弁護人の控訴趣意第二及び被告人の控訴趣意中右と同旨の点について

所論は、要するに、被告人は、原審において、第一回公判期日の召喚状の交付を受けておらず、その公判期日の前日になつて初めて知らされたため、情状面の立証の準備を十分に尽くせなかつたのであるから、原判決の訴訟手続には刑訴法五七条、刑訴規則一七九条二項の違背があり、それが判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

記録及び当審における事実取調の結果によると、原審においては、第一回公判期日が昭和六一年三月一七日午後一時一五分と指定され、その召喚状が同年二月二二日に当時被告人が勾留されてた富坂警察署の長に送達され(事務員針生ひろみが受領)、その送達報告書が同月二四日に原裁判所に届いているが、召喚状自体は、現在に至るまで被告人に交付されていないことが明らかであつて、第一回公判期日の召喚手続にかしがあつたといわざるを得ない。

しかし、被告人は、右第一回公判期日には、その前日に拘置所の係員から指示があつたことに基づいて出頭したうえ、弁護人出席のもとに公判審理に臨んでおり、かつ、その際、十分に陳述の機会を与えられたはずであるのに、召喚状の交付を受けていないことについて特に不満を述べていないのであつて、右のような場合には、被告人あるいは弁護人から特段の申出がなければ、原裁判所が被告人に召喚状が交付されていないことに気づくのは実際上困難であることに徴すると、被告人において、後でその手続が違法であると主張することはできないものと解するのが相当であるから、原判決の訴訟手続に所論の法令違反はないといわなければならない。論旨は理由がない。

二  弁護人の控訴趣意第一及び被告人の控訴趣意中右と同旨の点について

所論は、被告人を懲役二年に処した原判決の量刑が不当に重いというのである。

しかし、記録によると、被告人は、これまでに、原判示のものを含め窃盗を中心に多数の前科を重ねてきたうえに、前刑を終えて出所してからわずか一箇月足らずのうちに、更に原判示のとおり、いわゆる万引きをして現行犯逮捕されるに至つたものであつて、窃盗の習癖が依然として根強いことがうかがわれ、相当の処罰を免れない。

従つて、他面において、本件の被害品が、価額がわずか六一〇円のハム一パツクだけであること、被告人が、出所後身を寄せる所がないうえに、病弱で仕事に就くのも極めて困難な状況におかれ、空腹に堪えかねてつい本件犯行に及んでしまつたものであること、反省の態度も十分に示されていることなどの、所論が指摘し、あるいは、当審における被告人質問の際に、被告人が原審では公判期日を知るのが遅れたため十分に主張し得なかつたと訴える被告人に有利な諸事情を十分にしんしやくしても、原判決は特に酌量減軽をしたうえで常習累犯窃盗罪の法定刑をかなり下回る刑を言い渡しているのであつて、その刑を更に軽減する程の事由があるとは認め難く、原判決の量刑が不当に重いとはいえない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条を適用し、当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本武志 田村承三 本郷元)

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